2 0 0 0 年 1 月 1 日
ジェラシュ/ボスラ観光

rakuda

2000/01/01 アンマン 快晴

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 Sさんのパスポートが見付かったらしい。昨日なくしたと思い込んでしまっていたが、なんとホテルの部屋の中で見つけたらしい。なんでもスーツケースの下敷きになっていたとか。着替えたときに床に落としてしまい、気が付かずにスーツケースをその上においたらしい。なくしたことに気づいたときは気が動転してしまい、頭が真っ白になってしまったそうな。何はともあれ見つかってよかった。これで、全員そろってシリアに行くことができる。

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 9時過ぎ、昨日の城郭のある丘に向かう。やはり、まだ博物館は開いてない。何名かの欧米人グループがすでに待っている。しばらく開きそうにないので、周りのウマイヤ朝時代のものと言われる遺跡を見て回った。一回りした後もまだ開いてなく、正門前のポリスと世間話。パトカーのナンバーを見ながら、アラビア語の数字を教えてもらう。9は9だが、他はさっぱりわからなかったのだ。しかし、教えてもらっても右の耳から左の耳に通り過ぎてしまう。なかなか英語のしゃべれるポリスだったが、結構なまりがある。もうあきらめて帰ろうとしたところで、モハメッドさんが¢はい!皆さん、(博物館へ)戻りましょう!£と叫んだ。やっと入れた博物館。ここには死海写本という聖書を写したものの一部が保存されている。聖書のほとんどはイスラエルにあるのだが、ここのはその一部なのだ。

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 博物館のあとは、ジェラシュに向かう。ジェラシュはアルテミス神殿、ローマ劇場、列柱通りなどを約1時間かけて歩いて見学。この後、パンとケバブの美味しいレストランで昼食、そして国境を超え、シリアに向かう。午前中に昨日の予定であった博物館が入ってきたため、すでに1時間くらい遅くなっているので、急いで行動する。国境で、お世話になったモハメッドさんとお別れ。シリアのガイドであるワリートさんに変わる。ワリートさん、なんと12時半から待っていたらしい。2時間くらい待たせたことになってしまった。彼は、赤いカーネーションの花を全員にプレゼント。そして、観光用パンフまでくれた。パンフの中には、すでに切手(国王の顔)のはってあるポストカードが入っていて、住所を書くだけで出せるようになっていた。
 バスはボスラ遺跡に向かう。ここのローマ劇場はとてもきれいな形で保存されている。これは遺跡によって囲まれているので、損傷を受け難かったことが幸いしたらしい。

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 その後はひたすら首都ダマスカスに向かう。市内に入ると、いたるところで、アンマンと違った町の雰囲気に驚かされた。まず、時々、交差点の真ん中に噴水がある。水を大切にしているアンマンの町とは正反対だ。そして、いたるところで、マーケットが開かれていて、活気がある。ラマダン明けと言われている1月8日に向けて食料などを買い込んでいるらしい。これは、日本の正月の同じで一種のお節料理のようなものだそうだ。ホテルにはすっかり暗くなって到着した。今夜は和食だ。 和食レストランは11Fにあるのだが、外の景色は見えない。15Fに回転レストランがあり、ここからはダマスカスの夜景が見れるということで、あとで行ってみることにした。前菜は来たのだが、その後がまったく来ない。添乗員Aさんとウェイターが話している。どうやら、ウェーターはあとから来るという10人を待っているようだ。僕たちのグループを32人だと思っているらしい。23と32を間違えて、数字を逆にしているらしい。しかも、一人キャンセルが出ているので、今、22人だからあとの10人がやってくるまでメインは出せないということだ。こういう時に交渉役の添乗員Aさんがいてくれるので、うれし。レストラン側はコックまで出てきたが、添乗員Aさんがうまく説明してレストラン側のミスを認めてもらった。食後は15階に登って、ダマスカスの夜景を少し鑑賞した。

2000.01.01 23:24 at CHAM PALACE HOTEL(DAMASCUS)

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